人権・サプライチェーン分野に関する非財務情報開示

最終更新: 2019年1月7日




                   弁護士・公認会計士 中野 竹司

2018年11月27日

1.はじめに

 ESG投資が拡大する中、企業は、非財務情報開示の一環として、人権・プライチェーン分野を含むESG各項目について企業が行っている取組を、機関投資家等のステークホルダーの関心に即した項目ごとに開示することが求められている。もっとも開示項目についての法規範や上場規則は日本にないため、具体的な開示項目の決定についは企業にとって悩ましいところである。

 この点、詳細な情報が記載されている国際的なフレームワーク(例えばGRI)を参考にすることも有用である。ただ、最初に望ましいESG開示項目の全体像をつかむため、簡潔にポイントを示している資料を確認することも有用である。、例えば日弁連の公表した「ESG(環境・社会・ガバナンス)関連リスク対応におけるガイダンス(手引)」は、多くの関係者や法律家からの意見照会を経た上で、開示が望ましい項目についてガイダンスを具体的に示しており、参考になる。

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(日弁連ガイダンスにおける、「人権擁護への取組」「サプライチェーンに対する取組」の開示項目)

<人権擁護への取組>

 ① 人権擁護への支持と尊重のために行っている取組

 ② 人権侵害に加担しないための取組

 ③ 人権侵害が生じた場合の救済・苦情処理メカニズム

 ④ 特別の配慮を必要とする、子ども、障がい者、社会的少数者、女性、高齢者などのグループへの人権擁護の取組

<サプライチェーンに対する取組>

 ① 児童労働・強制労働、不安定雇用・賃金、危険な労働条件(建物の安全性・安全装置・労働衛生を含む)を含む労働慣行

 ② 人身取引その他の人権問題

 ③ 温暖化ガス排出及びその他の種類の水・環境の汚染

 ④ 森林破壊及びその他の生物多様性に関するリスク

 ⑤ 紛争鉱物に関するリスク

 ➅サプライヤーである中小企業に対する対話や支援の取組

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2.非財務情報の開示例

 企業が具体的な開示について検討する際、どのような開示を行えばよいか具体的なイメージが浮かばずに苦労することがある。そのような場合に参考になるのは、やはり他社の記載例であろう。もっとも、非財務情報の開示に当たっては、横並びの開示ではなく、自社の実情に合わせた的確な開示を行う工夫が必要となる。

 日本では、ガバナンスについては、コーポレートガバナンス・コードの公表及びコーポレートガバナンス報告書の開示により、企業における開示は相当程度進んでいる。また、環境に関しては、環境情報開示・環境報告ガイドラインが公表されるなど、日本企業にとって環境開示は相対的に取組が進んでいる項目であるように思われる。一方、人権・サプライチェーン関係の開示に関しては、日本企業にとって、非財務情報の開示が手薄な状況にある[1]。

そこで、海外企業のダノン[2]社のアニュアル・レポートにおける開示例について紹介したい。

(1)リスク情報における開示

  まず、人権に関するリスク情報は、以下で示したような開示がなされおり、具体的なリスクが適示されていると考えられる。

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(倫理・人権に関するリスク)

<リスクの特定>

 特定のダノン製品は、倫理的価値および誠実性の尊重が特に重要な食品カテゴリーに属している。

 さらに、農業部門におけるサプライチェーンは、人権、特に労働条件、農業労働者の健康と安全、あるいは強制労働や児童労働に関連するリスクを伴うことがある。

ダノン、その供給業者、従業員またはダノンのために行動するその他の代理人による行為で、特に不正と腐敗と闘い、人権を尊重する分野において、倫理原則または適用される法律および規則に反するものは、ダノン製品に対する消費者の不信感を招き、ダノンを刑事責任および民事責任にさらし、より一般的にはダノンの結果および評判に悪影響を及ぼす可能性がある。

<リスクのモニタリングと管理>

 2001年には「基本的社会原則」を制定し、サプライチェーンにおけるいかなる人権侵害も禁止するとともに、自社の事業活動も禁止している。

 2017年、ダノンは、人権、環境、個人の健康と安全を尊重するための監視計画を策定した。これは、ダノン自身の活動だけでなく、サプライヤーの活動にも適用される。

ダノンはまた、倫理規範[企業行動方針]およびインテグリティ・ポリシーを制定した。これらの方針は、すべてのダノン従業員に適用され、適用される法的要件の完全性と順守に対するコミットメントを正式化している。

 企業活動を行うすべての国で、すべてのダノン関連活動に適用される厳格な倫理規則、行動原則を定めている。

 最後に、RESPECTポリシーは、このコミットメントを当社のサプライヤーに拡大することを目的としている。2017年、ダノンは、継続的な改善アプローチを用いて人権に細心の注意を払いつつ、合理的なデュー・ディリジェンスに向けた政策を推進しようとした。これらの要素は、第5章「社会、地域社会、環境に対する責任」に記載されている。

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(2)社会、環境に対する開示項目

 ダノン社は、アニュアル・レポートにおいて「社会、地域社会、環境に対する責任」要素における具体的な取組を詳細に開示している。その内容をすべて紹介することは紙幅の関係でできないが、項目だけ見てみても、詳細な開示がなされていることが理解できる。

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(「5.1 ダノンの社会・地域社会・環境に対する責任の統合的ビジョン)の目次)

 ダノンの歴史の核心にある企業の責任

 ダノンの社会・地域社会・環境に対するアプローチ

  ダノンウェイとB Cоrp:ダノンの野心を動かす2つの重要なイニシアチブ

  ダノンのSDGsへの貢献

 ダノンのステークホルダー戦略と行動

  ステークホルダー・ダイアログ

  ステークホルダー・ビジランス・プランによって特定された重要な問題とリスクの統合

 企業責任に関するガバナンス

  CSR委員会

  持続可能性統合委員会

  サステナビリティ・インテグレーション部

 ダノンがスポンサーとなっているファンドとの提携

  ダノン・コミュニティー

  ダノンエコシステムファンド (Fonds Danone pour l'Êcosystème)

  生活基金

  家族農業生計基金

 ダノンの責任ある施策

  コンプライアンス・企業倫理プログラム

  租税政策

  啓発活動の透明性

  危機管理

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(3)サプライチェーンとの役割分担

 ダノン社は、人権や環境等のリスクを管理するための監視計画を作成し、開示している。そこでは、サプライチェーンにおけるサプライヤーとの協働について、連結グループ会社とサプライヤーに分けたうえで、その役割分担について、「リスクマップ」、「定期的なリスクマップに基づく評価手順」、「重大な違反を未然に防止するための適切な措置」、「内部通報制度」、「対策のモニタリングと効率性の評価」の項目に分けて開示を行っている。

 このうち、「人権や基本的自由」「環境」の分野における「リスクマップ」及び「重大な違反を未然に防止するための適切な措置」について、どのような開示を行っているかについては、以下の枠組のとおりであり、サプライチェーンとの役割分担が具体的に記載されている。


3.最後に

 人権に関する非財務情報の開示について積極的な開示を行っている日本企業は、現時点では必ずしも多くはない。しかしながら、2018年、ANAホールディングス株式会社が、日本で初となる『人権報告書2018』 を発行するなど、人権に関する非財務情報開示は今後注目される分野になると考えられる。

 今後も、人権関係の非財務情報開示について、その動向に注目していきたい。




[1] 大和総研株式会社の公表した「ESG情報開示における日本企業の評価」(2015年11月26日)によれば、日本企業のESG情報開示スコアにおいて、日本企業は総合スコアで、欧州企業より低く、他のアジア勢および米国企業より高い、といった位置づけであった。環境では平均を上回ったが、社会とガバナンスでは平均を下回っているとのことである(https://www.dir.co.jp/report/research/capital-mkt/esg/20151126_010367.pdf )。

[2] Registration Document(http://iar2017.danone.com/) なお、翻訳は筆者による。



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