ビジネスローヤーとしての挑戦と葛藤 ~UN Forum on Business and Human Rights 2018に登壇して~

最終更新: 2019年1月7日




弁護士 梅津 英明

2018年11月30日



 2018年11月26日~28日にかけて、7回目となる国連のUN Forum on Business and Human Rights 2018(以下「Forum」という。)が、スイス・ジュネーブにおいて開催された。弊職は、幸運にも一つのセッションにおいて登壇する機会を頂戴したため、その登壇の報告を兼ねて、Forumにおいて感じたこと、自らの実務の中で感じていることを簡単に整理し、ぜひ日本の皆様からのご意見・ご叱責を頂戴するとともに、日本における議論の一助となればと思い、本稿を執筆するものである。



<会場となったスイスジュネーブのPalais des Nations>


 弊職は今回初めてForumに参加した。率直な感想としては、「日本のプラクティスからは考えられないほどのレベルの高い実務と議論が行われていることに対する焦燥感」と、「そうはいっても、日本のプラクティスにおいて悩んでいる部分については世界でも同様に悩んでおり、同じ土俵で議論をすることができるという安堵感」とが入り混じったものであった。

 弊職が登壇したセッションは、“Connecting human rights due diligence and business lawyers: overcoming practical challenges”というテーマで行われ[1]、ビジネスローヤーが人権デューディリジェンスを実務において実践する場合に直面する課題や朝鮮について議論をするというものであった。弊職も、普段はビジネスローヤーとして企業法務を中心に執務をしながら、「ビジネスと人権」の観点から取り組みを続けていることから、登壇をさせていただくこととなった。

 最初に弊職を含む何人かのパネリストから、「ビジネスと人権」のテーマに取り組むビジネスローヤーの観点からの課題認識について、視点の提供が行われた。例えば、ローファーム内における他のプラクティス部門からの理解不足(教育不足)、ロースクール段階における教育の欠如、紛争解決プロセスの中でビジネスと人権の論点を取り上げることの難しさ等の視点が提供された。弊職からは、特にM&A等の取引分野において、人権DDを取り入れることの難しさを視点として提供した。

 M&A取引においては、常に非常に強いタイムプレッシャーに晒されている。一刻も早くディールを成立させなければならないという強い要求のもとでディールを進めることになる。また、例えばM&Aがビッド(オークションプロセス)に掛かっているような場合には、買い手としては熾烈な条件競争下に置かれているため、なるべく条件や制約を減らし、売り手から選んでもらいやすいようにしたいという強いインセンティブが働く。そういった中において人権DDの観点からの必要なDDプロセスを売り手に対して要求したり、人権の観点から必要となるような契約条項を要求していくことは、やはりどうしてもビジネス上の要請からは億劫になりがちであり、また経営陣からの理解も得られにくい。もちろん、これまでのビジネスと人権の分野における議論の発展により、M&A取引における人権DDのあり方等についても、各種団体等から報告書やガイダンスが出されており、参考になる部分はあるが(例えば、IBA(International Bar Association)では2017年にHandbookを公開し、M&A取引における観点も提供している[2])、必ずしもそれを実務において実行することは容易ではない。

 これはおそらく、こうした報告書やガイダンスの議論過程において必ずしもビジネスローヤーの実務上の意見が余り取り入れられていないことが原因であるように感じていたが、今回のセッションにおいても、多くのパネリストから、また、多くの聴衆から、欧米の大手ローファームでさえも、人権分野以外のビジネスローヤーがほとんど人権分野を理解しておらず、相互理解が不足している(むしろビジネスローヤーは当該部門の阻害要因として認識されている面もある)ということが繰り返し指摘され、弊職の従来の認識を裏付けるものであったように思う。また、イギリスのローソサエティにおいて、これらのビジネスと人権の分野に関する教育についての取組が紹介され、その重要性が紹介されていたものの、他方で必ずしも有効に教育ができていないということも指摘されており、必ずしも浸透が図られていない様子も垣間見えた。これについては、日本においても日弁連が人権デューディリジェンスに関するガイダンス[3]を公表し、弁護士会内部においても各種研修を行い、浸透を図っていることについても、弊職から簡単に紹介を行った。

 また、大企業のみならず、中小企業においてもこれらの人権DDの実務を浸透させていくことが求められているものの、中小企業における人権DDの浸透に関する課題についても議論された。弊職としては、日本の現状としては中小企業を含めて人権DDのプラクティスを浸透させていくことは、まだ非常にハードルが高いと思われることを正直に申し上げた。やはり、現状、日本の中小企業においては、人権の問題に限らず海外子会社管理・海外コンプライアンス全般において、人的リソースの不足、言語能力の壁等からまだまだ対応に苦慮している企業が多いと認識しており、新興国に点在するサプライチェーンを含めて人権DDの観点からのプラクティスを浸透させていくためには相当の時間と労力がかかるであろうと弊職は感じており、その旨を申し上げた。そうしたところ、他国のパネリストからも、中小企業に浸透させるには、やはり現状求められている人権DDの要求水準やプラクティスではコストがかかり過ぎ、現実的には難しい面もあるとの指摘があった。中小企業においては、例えば個社ごとの対応ではなく、業界ごとに共通の規程やプラットフォームを策定し、個社はそれぞれ余りコストを掛けずに、それを(若干の修正したうえで)採用できるようにするなどの工夫が必要であろうとの指摘もなされ、ここでも日本における課題認識が、欧米の取組においても引き続き同様に課題となっていることを感じた。

 なお、本セッションでは、日本の「ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク」(BHR Lawyers)についても簡単に紹介したところ、セッションの後に何人かの聴衆からその動きについて大変興味深いということでコメントや質問を頂戴し、関心の高さが伺えた。


<セッションの様子(筆者右端)>

 


 弊職が登壇したセッション以外においても、3日間に渡り数多くのセッションが様々な視点から行われ、各先進的な取組みをしている企業・団体等の紹介や、子会社の人権侵害に対する親会社の責任論などの純粋な法的議論、人権DDを促進するための最新テクノロジーの紹介、セクター別・企業特性別の課題に関する議論等、まさにあらゆる角度からの議論が行われており、大変な刺激を受けた。

 日本や韓国その他アジア各国からの参加者も多く見受けられた。他方で、各セッションにおいて日本を含めアジアからの登壇者は必ずしも多くなく、欧米を中心として議論が先行して展開されていることを感じた。但し、そのような中でも、タイやインドネシア等のアジア新興国やアフリカ各国からの登壇者で、極めて意欲的に議論を発信しリードしていくような姿も多く見られ、このような状況下においては、日本としても発信力を更に高めていく必要性も感じた。もとより弊職は偶々幸運にも今回登壇する機会を得たのみであり、これまでに多くの日本の方々がこの分野において多大なる貢献をされ、日本においてここまで議論が発展してきているものと認識している。弊職としては、これまでの皆様のご尽力と貢献に深い敬意を表するとともに、今回のフォーラム参加で得た経験と刺激を元に、微力ながら少しでも日本における当該分野の発展と海外への発信に向けて、努力を続けて参りたいと思う。

 ビジネスローヤーとしての葛藤は世界共通であると感じた。また、だからこそ、ビジネスローヤーとして挑戦できる部分も多いと強く感じた。今後も、葛藤を感じながら、それを糧として挑戦を続けて参りたい。

[1] 詳細は以下のリンクを参照されたい。https://2018unforumbhr.sched.com/event/GZ63/connecting-human-rights-due-diligence-and-business-lawyers-overcoming-practical-challenges

[2] https://www.ibanet.org/Handbook-for-lawyers/Contents.aspx

[3] https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2015/150107_2.html


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