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「社会権規約一般的意見24号ー締約国の義務」の解説

更新日:2019年1月8日




弁護士 蔵元 左近

2018年1月25日


  以下は、2018年1月25日、日本弁護士連合会(日弁連)で開催した、第94回国際人権に関する研究会「ビジネスと人権に関する最新の国際的な動向について」で、社会権規約委員会がビジネスと人権の問題について述べた、一般的意見24の概要として、筆者が発表した資料である。本資料は、筆者の文責に帰するものであり、日弁連、所属弁護士会やその他筆者の所属する組織の意見を示すものではないことに留意されたい。


ビジネス活動における経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)締約国の義務:一般的意見24号[1]


I 前文

 本一般的意見は、ビジネス活動の人権への悪影響を防止し、対処することを目的として、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)締約国の義務を明らかにするものである。


II 文脈と範囲

 本一般的意見の目的に照らし、ビジネス活動には、事業体の全ての活動が含まれる。それら事業体が国際的活動を行っているか否か、私企業か否か、規模・事業分野・所在地・株主・構造を問わない。


III 規約締約国の義務

A.差別の禁止の義務

 締約国は、一切の差別なく、経済的、社会的及び文化的権利の享受を保障する義務を負っている(規約2条、3条);女性、子ども、先住民族、障がい者、移民等に言及

 委員会は、特に、締約国が、「ビジネスと人権に関する国別行動計画のためのガイダンス」[2]を参照する等して、①女性と女子[3]に対するビジネス活動の特別な影響に対処し、②経済的、社会的及び文化的権利に負の影響を及ぼすビジネス活動を規制する際にジェンダーの視点を取り入れることを推奨する。締約国は、女性の労働市場におけるパーセンテージ[4]を改善する為に一時的な特別の対策を取るべきである。


B.尊重、保護及び充足の義務

 国際法上、締約国は、①私企業等が締約国の指示や管理・指導下で活動する場合、②私企業等が締約国の立法により政治的な権威を行使する権限を授与されていたり、そのような行使が可能な状態にある場合、又は③締約国が私企業等の活動を自分自身の行為として認証・支持する場合には、私企業等の作為・不作為について直接責任を負う。 

1.尊重の義務

 ①締約国が十分な正当化なく私企業等の利益を規約上の権利に優先させたり、かかる権利に負の影響を与える政策を追求するような場合には、経済的、社会的及び文化的権利を尊重する義務の違反が認められる;投資プロジェクトにおける先住民等の強制退去に言及

 締約国は、規約上の義務と貿易・投資条約上の義務の潜在的衝突(矛盾)の有無を特定し、かかる衝突が存在する場合には貿易・投資契約の締結を控えるべきである;締約国が、貿易・投資条約の締結前に人権に対する影響[5]についてのアセスメントを実施したり、かかる影響についての対策を取ることの他、締結済みの貿易・投資条約の解釈に際しては締約国の人権に関する義務を考慮することや、今後締結する貿易・投資契約に関連条項を挿入することについて言及

2.保護の義務

 締約国は、ビジネス活動の文脈において、経済的、社会的及び文化的権利の侵害を効果的に防止する義務―効果的な対策の実施と、効果的な救済措置の提供の義務―を負う;対策等の例として、刑事罰や行政処分、被害者の集団的な権利行使の許容等の対策や、私企業等に人権デュー・ディリジェンスを実施する義務を課する法的枠組みを導入すること等に言及;特に、先住民族の権利に配慮した人権デュー・ディリジェンスの重要性に言及

 特にビジネス活動に関して、政府の腐敗は、人権の効果的促進と保護の主要な障害の一つとなると共に、経済的、社会的及び文化的権利の実現に不可欠な施策の実施を図る締約国の能力を低下させる;公益通報制度の重要性等に言及

 民営化によって私企業等が公的サービスへ参画するに際しては、一定の公的観点からの規制が必要となる。

3.充足の義務

 締約国は、利用可能な能力を最大限発揮して、規約上の権利の享受を促進する他、一定の場合には、かかる享受に不可欠な物・サービスを直接的に供給する義務を負う。

また、締約国は、私企業等が規約上の権利の充足に向けて努力するような施策を実施すべきである;例えば、締約国は、知的財産権について、世界人権宣言と社会権規約15条所定の科学的進歩の利益を享受する権利と調和した枠組みを設定する為、健康の権利[6]の享受に必要な必須医薬品又は種子等の生産物についての権利[7]へのアクセスを否定したり制限したりすることのないよう、必要な施策を実施しなければならない。

C.越境(域外)的義務

多国籍企業の活動の劇的な増加、国家間の投資と貿易量の拡大、グローバル・サプライチェーンの出現、及び巨大な開発計画への私企業等の関与の増加は、国家の域外における人権上の義務に大きな課題を提示している。

 締約国は、自国内に所在し又は管轄下にある企業が外国で人権侵害行為を行うことがないよう、必要な施策を実施しなければならない;これにより、締約国は自国域外の経済的、社会的及び文化的権利の効果的享受に寄与することができる

1.域外的な尊重の義務

 域外的な尊重の義務に基づき、締約国は、自国域外に所在する者による規約上の権利の享受に直接的又は間接的に干渉することを慎まなければならない。かかる義務の一部として、締約国は他の締約国が規約上の義務を遵守することを妨害してはならない;かかる義務は貿易・投資条約等の交渉及び締結や司法上の協力に特に関係する。

2.域外的な保護の義務

域外的な保護の義務に基づき、締約国は、自国がコントロール可能な私企業等の活動によって自国域外における規約上の権利の侵害が発生する場合、その防止と是正に必要な施策を取らなければならない;合理的な措置を取ることを怠った場合は締約国の規約上の義務の違反となり得る

 保護の義務の履行の為、締約国は企業に対してその子会社やビジネス・パートナー(サプライヤー、フランチャイジー、サブコントラクター等)が規約上の権利を尊重することを確保させることを義務付けなければならない。

 規約委員会は、規約上の権利が越境的な状況において侵害された被害者への説明責任と救済措置へのアクセスを改善する為に、締約国間の協力を強化しようとする国際的協定を採択する試みを歓迎する。

3.域外的な充足の義務

 規約2条1項と世界人権宣言28条に鑑み、締約国は規約上の権利が達成される国際的な環境の醸成に貢献しなければならない;私企業等の脱税や租税回避行為の防止等に言及;各国の法人税率の競争的な引き下げが、規約上の締約国の義務と一致しないことにも言及


IV. 救済策

 締約国は、ビジネス活動により規約上の権利が侵害された被害者の為に、説明責任と救済策へのアクセスの確保を可能とする効果的なメカニズム―モニタリング、調査及び説明責任―の整備を行わなければならない。

A.一般原則

締約国は、被害者の救済又は企業の説明責任を確保する為の適切な手段を用意しなければならない;独立かつ公平な司法機関へのアクセスの確保の形態を取ることが望ましい;親会社・企業グループの賠償責任の枠組み、原告への金銭的補助、人権関連集団訴訟や公益訴訟、証拠開示手続、証明責任の転換等の制度の整備にも言及

締約国は、司法部門、特に裁判官と弁護士が、ビジネス活動に関連する規約上の権利について十分告知され、完全に独立した立場で自己の職務を執行できることを確保しなければならない。

締約国は、人権活動家の保護の為にあらゆる措置を取ることとし、彼ら/彼女らの職務を妨害することを慎まなければならない。

B.救済策の種類

 責任のある企業と個人に対しては、刑事罰の他、行政処分の執行があり得る。

1.司法的救済策

 規約を直接的又は間接的な根拠とした、裁判所における企業への民事訴訟の提起があり得る。

 締約国は、先住民の司法上の救済へのアクセスに際し、特別の施策を取ることも必要である。

2.非司法的救済策

 司法的救済策の補完的な施策として、非司法的救済策も被害者の効果的な救済に寄与し得る;労働監督官、仲裁、消費者・環境保護機関の他、国内人権機関の設立、OECD多国籍企業行動指針におけるナショナル・コンタクト・ポイントにも言及


V.実施

 規約上の権利の完全な実現の為、締約国が採択することが予定されている「国別行動計画」は、規約上の権利の進歩的実現における私企業等の役割についての課題に特に応えるものでなければならない;特定された具体的な目標、行為者間の責任の分担、タイムフレームの明確化の必要性に言及;実効的な参画、差別禁止、ジェンダーの平等、説明責任及び透明性を含む人権原則の規定が必要なことにも言及;ビジネス活動における規約上の権利の完全な実現に際して、国内人権機関と市民組織が果たすべき基本的役割についても言及

[1] General Comment No. 24 on State Obligations under the International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights in the Context of Business Activities http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=E/C.12/GC/24&Lang=en


[2] By the Working Group on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises (Working Group on Business and Human Rights) (November 2016).


[3] 先住民族の女性と子どもを含む。


[4] 企業内部の上位階層を含む。


[5] 発展の権利の実現への寄与を含む。


[6] See also A/HRC/23/42, para. 3 (recognizing the obligation to provide essential medicines as an immediate obligation for all States parties).


[7] See A/64/170, paras. 5 and 7; and the International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture (resolution 3/2001, adopted on 3 November 2001, FAO Conference, thirty-first session), art. 9.

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